「おくのほそ道」をゆく旅

秋田 男鹿半島にナマハゲ伝説の五社堂を訪ねた

赤神神社五社堂を訪ねる ― 「泣く子はいねぇが」 男鹿半島の南部に門前という漁港がある。この土地は、中世の頃には赤神山日積寺永禅院の門前町として栄えたところである。今、そこには赤神神社五社堂がある。鬼が一夜にして築き上げたという999段の石段と男…

秋田 角館に武家屋敷を訪ねる ― 青柳家

青柳家母屋は寄棟萱葺き屋根の造りで約二百年前の建築だという。現在青柳家はここには居住していないが、武具、古文書、什器などが展示されている。

秋田 角館に武家屋敷を訪ねる ― 石黒家

盛岡より秋田新幹線に乗り角館に到着する。重いリュックは駅のコインローッカーに預け、サブザック に必要な物だけ移し替えた。武家屋敷の残る角館は、長年訪ねようとしてかなわずにいた所である。まずは武家屋敷通りに向う。正面の建物が角館駅である。武家…

盛岡市にレトロな町並みを見る ― おくのほそ道をゆく

盛岡の街を歩く芭蕉一行は出羽の国へ向ったが、わたしは南部地方へ向って北上した。いったん芭蕉から離れ、わたしの「おくのほそ道」(角館・男鹿半島)をゆくとしよう。その前に、秋田県を巡る旅の中継地である盛岡での散策(二時間だけ)を楽しんだので、…

「おくのほそ道」をゆく #12 毛越寺に藤原三代の願いと芭蕉の面影を見る

毛越寺に平安王朝遺構の浄土庭園を観るさて中尊寺を出た芭蕉一行は、南部地方へ向って北上する街道をはるかに見やり、道を南西に転じた。向うところは出羽の国。当時は廃寺同然で建物は失われ、基壇だけが残っていたであろう毛越寺には立ち寄らなかったのだ…

「おくのほそ道」をゆく #11 特別史跡・名勝の地 観自在王院跡を楽しむ

さて休憩もとらず、飲まず食わずで写真撮影を続けたので大分疲れたし、お腹も空いた。どこかで休憩を兼ね昼食をと考えていたところ、中尊寺入口駐車場脇に土産店や食事処が軒を連ねているのを見つけた。 まだ昼食には少々早い時間だったが、「ずんだ餅」の幟…

「おくのほそ道」をゆく #10 中尊寺金堂に藤原三代の栄華を想う

五泊目の一ノ関から平泉駅まではほんの二駅、「青春十八きっぷ」を使うまでもなかった(いつになったら三枚目を使えるのだろう)。この辺りは見どころが沢山あって一日や二日では回り切れないほどである。訪ねたい所は幾つもあって、①中尊寺②毛越寺③観自在王…

「おくのほそ道」をゆく #09 瑞巌寺に詣で狩野派の荘厳に接する

松島の奇岩青松の島めぐりを楽しんだあとは、寺院に詣で豪華絢爛な金 屏風などを眺め、また、修行僧の厳粛な雰囲気を目の当たりにするよう な洞窟を見学したい。 雄島では、梅雨末期特有の蒸し暑さの中、写真撮影に二時間ほど時間を 費やしてしまった。昼食…

「おくのほそ道」をゆく #08 名月の松島(雄島)に芭蕉、義経、雲居禅師の面影を見る

松島で船を降り名勝地雄島へ向う 芭蕉翁と曾良は休憩をとってから瑞巌寺、次いで雄島に向ったと「随行 日記」に見える。わたしはザックを背負ったまま歩いてニ十分ほどの所 にある雄島へ直行した。「なに、すぐ瑞巌寺へ行くことになるのだから」 とたかを括…

「おくのほそ道」をゆく #07 千賀の浦(塩竈湾)から松島へ

心は日本三景の松島へ「おくのほそ道」をたどる旅、二日目は塩釜湾から始まった。歌枕に歌われた松島は目と鼻の先である。塩釜から「青春18きっぷ」で電車で行くか、それとも船で行くか決断しなければならない。芭蕉翁に倣い、ここは迷うことなく船で行くこ…

「おくのほそ道」をゆく #06 陸奥国一宮・塩竈神社に和泉三郎の宝灯を観る

本塩釜駅から西へ15分余り歩けば、そこはもう塩釜神社表参道である。 鬱蒼とした杉木立が雨に煙り荘厳な雰囲気である。裏参道の方が歩き やすく、近道ではあるが、あえて表参道を選んだ。 塩釜神社表参道 杉木立の先端が雨に煙っていた。 陸奥国一宮の扁額 …

「おくのほそ道」をゆく #05 塩竈街道は博物館の道か文学の道か?

リュックザックをホテルに預け、身を軽くして塩竈街道を西に向って歩いた。目指すは陸奥国一之宮・塩竈神社である。少々の雨は気にしない 気にしない。 太田屋 写真は味噌と醤油を製造販売している「太田屋」さんである。真新 しい金文字の看板が屋根に上が…

「おくのほそ道」をゆく #04 「青春18きっぷ」で塩竈へ

都を立ったのは祇園祭のころ わたしが都を立ったのは春霞のころにあらず、まだ梅雨も明けきらぬ 七月の半ば過ぎのこと。鉾町ではコンチキチンの鉦の音が鳴り響いて いた。そして「青春18きっぷ」の発売前だった。なので東京までは思 案の末東海道新幹線を利…

「おくのほそ道」をゆく #03   芭蕉 古関跡(白河の関)を探す

芭蕉一行は日光を経て那須野にいたり、黒羽の城代家老浄法寺なにがしの もとを訪ねた。 この地で二週間を過ごし、名所旧跡を案内され、ともに俳諧を楽しんだこ とであろう。また芭蕉の禅の師匠の仏頂和尚の修行した雲巌寺を訪ね、 「石上の小庵、岩窟に結び…

「おくのほそ道」をゆく #02   芭蕉 深川を立つ

・ 草の戸も住み替はる代ぞ雛の家 芭蕉はこの句を表八句のつもりで採茶庵(門人杉風-さんぷう-の別宅) の柱に掛けて置いたという(写真はイメージ)。 芭蕉の門人たちは前の晩から集まっては別れを惜しみ、船に乗り千住まで送ってくれた。 行く春や鳥啼き魚…

「おくのほそ道」をゆく #01 Prologue

都をば霞と共に立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関 松尾芭蕉とはいったいどのような人だったのだろうか 芭蕉翁は、ある人には神と尊ばれているようだ。翁は 若い頃より故郷の伊賀上野で俳諧に親しんでいたと伝 えられている。では俳諧とは何なのだろう。 松尾芭蕉…