哲学の道へ 桜花と新島 襄・八重夫妻の墓所を訪ねる

 

f:id:sasurai1:20200324231644j:plain

 

連休明けの春の一日、閉じこもってばかりでは精神衛生上良くないので

外出してみた。染井吉野を楽しむには少し早いかな、という気はしたが、

哲学の道へ購入して間もないカメラを持ちだし、思索しながら撮影を試

みた。

想像していたとおり、まだ桜の蕾は ほころび始めたばかりだったが、な

かにはすでに満開の桜も見られた。休み明けのせいか観光客は少なく、

のんびりと写真撮影をすることができた。

 

 

f:id:sasurai1:20200324231737j:plain

 

 

 

f:id:sasurai1:20200324231803j:plain

 

哲学の道を北から南へ通しで歩くのは二十年振りのことか。

初めて見る喫茶店があれば、三十年前に家族で入った喫茶店

も現存してたり、こんな立派なお屋敷があったかな? という

景色もあった。時代を現しているのか、かつては立派な住居

であっただろうに、と想像させるような廃墟も見られた。

 

 

f:id:sasurai1:20200324231842j:plain

 

上の写真は「谷の御所」とも呼ばれた格式ある造りの霊鑑寺である。

歴代皇女が住職を務めた尼門跡寺院という。一度は拝観したいと思

っているのだが、今回も先を急ぐのでパス。

 

 

f:id:sasurai1:20200324231922j:plain

新島襄 墓所参道の碑

 

 今回の目的地、同志社創立者 新島醸・八重夫妻の墓所を訪ねた。

以前、綾瀬はるか主演の大河ドラマ「八重の桜」で主人公の八重

のことを知り、一度は墓所を訪ねてみたいと思っていたのである。

今ごろかい! とお叱りを受けそうだが、なにせ年をとると出不精

になるもので…。

 

f:id:sasurai1:20200324232117j:plain

王子神社前の標識

 

 

f:id:sasurai1:20200324232337j:plain

参道は思ったよりキツイ

 

 

f:id:sasurai1:20200324232458j:plain

新島夫妻の墓所

写真左側の茶色い鞍馬石風の墓石が八重の墓である。

 

新島襄の妻である八重が会津の出身であるのは知ってはいたが、

戊辰戦争鶴ヶ城籠城戦では男装して入城し、兄の山本覚馬から

贈られたスペンサー銃で戦っていたとは知らなかった。写真で

見る限り気の強そうな女性に見えたが、なるほどと様々な出来

事に思いを巡らし、納得がいった次第。

 

f:id:sasurai1:20200324232546j:plain

山本覚馬の墓石

 

 

f:id:sasurai1:20200324232625j:plain

帰り道の広葉樹林に感慨深いものを感じる

 

同志社墓所は山の頂にあり、若王子神社から徒歩で約ニ十分かかる。

猿やイノシシも生息する場所なので、女性の一人歩きはお勧めしない。

それにしてもこのような山中に墓所があるとは…。