『枕草子』182 病は
❝ 十八、九歳ばかりの女で、髪がとてもきちんと整って背丈ほどの
長さがあり、裾もふっさりとしていて、それにとても肉づきよく、
非常に色白で、顔は愛くるしくて、美人だと見える人が、歯をひど
く病んで、額髪もぐっしょりと涙で泣き濡らし、それが顔に乱れか
かるのも知らぬげに、顔も真っ赤にして、痛む所を手で押さえて座
っているのは、たいそう風情のあるものだ。
八月のころに、白い単衣の柔らかいのに、袴は立派なのをつけて、
紫苑襲の袿(うちき)のごく上品なのを上に羽織って、胸をひどく
病んでいるので、友人の女房などが次々にやってきては見舞い、病
室の外の方にも若々しい貴公子たちが大勢やってきて「まことにお
気の毒なことですね。ふだんも、こんなにお苦しみになるのですか」
などと、おざなりの挨拶をしている人もいる。
その女に想いを寄せている男は、心の底からかわいそうだと心配し、
ため息をついているのは、いかにも風情のあることだ。とてもきち
んとして長い髪を乱れぬように引き結んで、物を吐くといって起き
あがっている様子も、可憐に見える。
主上(一条天皇のことか)におかれても病気の由をお聞きになって、
御読経の僧の中で、声のよいのをおつかわしになったので、几帳を
女性の病床近く引き寄せて立てたうえで、それを隔てに僧を座らせ
てある。
いくらもない部屋の狭さなので、見舞いの婦人客がたくさんやって
来て、お経を聴聞したりする姿も、あらわに見えるので、その僧が
あたりに目をくばりながら経を読んでいるのは、仏罰をこうむりは
しないかと思われることだ。❞
【 歯痛 】に苦しむ若い女房だろうか、「 額髪もぐっしょりと涙で
泣き濡らし、それが顔に乱れかかるのも知らぬげに、顔も真っ赤に
して、痛む所を手で押さえて座っているのは、たいそう風情のある
ものだ 」とはあんまりではないか。
清少納言の「をかし」にはいつも賛同するわたしだけれど、これに
は同意しがたい。でもはたで見ていた清少納言には、風情のあるよ
うに見えたのだろう。
【胸】を病んで物を吐く、という症状から察するに消化器に関係す
る病だろうか(もしかして当時流行していた天然痘?)。
それにしても大勢の見舞客、僧の読経、とは病人にとっては苦行で
しかないように思うのだが。
そのうえ僧は周りの女性に目をやりながら読経しているとは罰当た
りな。それを冷静に観察している 清少納言の目!
※現代語訳:上坂信夫氏ほか