「おくのほそ道」をゆく #04 「青春18きっぷ」で塩竈へ

 

 都を立ったのは祇園祭のころ

わたしが都を立ったのは春霞のころにあらず、まだ梅雨も明けきらぬ

七月の半ば過ぎのこと。鉾町ではコンチキチンの鉦の音が鳴り響いて

いた。そして「青春18きっぷ」の発売前だった。なので東京までは思

案の末東海道新幹線を利用したのだった(新幹線の運賃と特急料金は

予算の少ない旅には痛かった)。さすがに老年の身には夜行バスは辛

かろうと考えてのことである。

 

そして「おくのほそ道」出発点の東京で友人と会い、二日にわたり東

京見物。さらに親戚のある白河で一日つれづれなるままの時を過ごし

た。貧乏旅行ゆえ宿は友人や親戚の家を頼ったのである。

 

 

かくして越え行くままに、阿武隈川を渡る。左に会津根高く、

右に岩城・相馬・三春の庄、常陸・下野の地をさかひて山連なる。

影沼といふ所を行くに、今日は空曇りて物影うつらず。」



  風 流 の 初 め や 奥 の 田 植 ゑ 歌

 

 写真は須賀川市郊外の田んぼを写したもの。遠くに見える山並みは
阿武隈山地である。

 

 

 

 

みちのくの浅香の沼の花がつみかつ見る人に恋ひやわたらむ古今和歌集

 

 

窮が宅を出でて五里ばかり、檜皮(日和田)の宿を離れて、

浅香山あり。道より近し。このあたり沼多し。かつみ刈るころも

やや近うなれば、いづれの草を花がつみとはいうふぞと、人々に

尋ねはべれども、さらに知る人なし。沼を尋ね、人に問ひ  “かつ

みかつみ” と尋ね歩きて、日は山の端にかかりぬ。二本松より右

に切れて、黒塚の岩屋一見し、福島に宿る。」

 

 

花がつみはシャガに似た花でヒメシャガというようだ。幻の花と
いわれ、郡山市の花に制定されている。

 

 

二本松城跡より安達ケ原(黒塚)の方角を望む。安達ケ原というよりは、
小山が連なっている開墾地のさまのよう。

 

 

 

  笈 も 太 刀 も 五 月 に 飾 れ 紙 幟(のぼり)

 

 

 

 

藤庄司が旧跡は、左の山際一里半ばかりにあり。飯塚の里鯖野と

聞きて、尋ねたづね行くに、丸山といふに尋ねあたる。これ、庄司が

旧館なり。麓に大手の跡など、人の教ふるにまかせて涙を落とし、ま

たかたはらの古寺に一家の石碑を残す。…寺に入りて茶を乞へば、こ

こに義経の太刀・弁慶が笈をとどめて什物とす。」

 

義経の太刀と弁慶の笈も紙幟といっしょに飾ってほしい、という気持

ちから出た句だろうか。芭蕉翁の義経に対する思いは熱い。その思い

は後々ひしと伝わってくる。

正面に見える山は安達太良山。上三枚の写真は二本松城跡で撮影。

 

 

 

 

 

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千賀の浦(塩竈湾)

 

 

塩釜に到着

本塩釜駅に到着したのは午後二時を回っていた。塩釜は雨、まず観光

案内所へ向かい、「二時間ほど時間がある」のでどこを見て回るか助

言を得る。もちろん塩釜神社は外せない。そして前夜にインターネッ

トで予約(予算オーバーだったけど)したホテルへ直行し荷物を置か

せてもらう。


塩釜へ来るまでに「青春18きっぷ」を二回使用した。上野駅から一回

で来ることも可能だったが、白河で一泊したので 二回使用することに

なったのである。

 

 

 

ところでこれまでの行程と言えば、上野から白河までは在来線を乗継

ぎ四時間余り、白河から塩釜までは福島駅での待ち時間一時間を入れ

て四時間余りであった。出発から数えて実に四日目なのだ。いくら時

間を持て余しているとはいえ、これでは終わりが見えない!


体力の限界が先か、それとも先立つものが乏しくなり旅を切り上げる

のが先だろうか。旅は始まったばかりなのに不安ばかりが募る。

芭蕉翁のように「羇旅辺土の行脚、捨身無常の観念、道路に死なん、

これ天の命なり」というような覚悟もない わたしなのだ。

 

 

歌枕の地を訪ねる

ここでこれからの旅程を紹介してみたい。

①塩釜の町散策、陸奥第一の神社である塩釜神社参拝
②松島雄島、瑞巌寺参拝
③一関でジャズ喫茶 “ベイシー”詣で。猊鼻渓観光
中尊寺金色堂)、毛越寺参拝
⑤盛岡の町で古民家と洋館見学
⑥角館で武家屋敷を見学
⑦鹿角へ内藤湖南先生の生家を訪ねる
男鹿半島、門前へ赤神神社五社堂参拝
秋田市土崎(同人誌「種蒔く人」発祥の地)散策
酒田市で本間美術館、土門拳記念館見学
⑪象潟へ往時を偲ぶ
羽黒山参拝
⑬山寺参拝

そして日本海沿岸の在来線を通り都へ戻る…
う~む てんこ盛りの旅程だ。これでは「青春18きっぷ」が何枚
必要やら !?