「おくのほそ道」をゆく #06 陸奥国一宮・塩竈神社に和泉三郎の宝灯を観る


     本塩釜駅から西へ15分余り歩けば、そこはもう塩釜神社表参道である。
  鬱蒼とした杉木立が雨に煙り荘厳な雰囲気である。裏参道の方が歩き
  やすく、近道ではあるが、あえて表参道を選んだ。

 

f:id:sasurai1:20200810191740j:plain

塩釜神社表参道

  杉木立の先端が雨に煙っていた。

 

 

f:id:sasurai1:20200810191821j:plain

陸奥国一宮の扁額
  東北鎮護・海上守護の陸奥國一宮ですが、不思議なことに塩竈神社
  の創建年代は明らかではなく、延喜式』(927)の神名帳にはそ
  名が載っていないそうです。
 
 

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810191858j:plain

二百余段の石段 

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810191922j:plain

参道石段を見下ろす

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810191938j:plain

時代を感じさせる石段

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810191958j:plain

表参道随身

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810192038j:plain

塩釜神社拝殿

 

  「早朝、塩竈神社に参拝する。伊達藩主・独眼竜政宗公が再建した
   もので、社殿の宮柱は太く、彩色したタルキはきらびやかで、
   石段は高く連なり、二百余段ある。
   朝日が(今日は雨降ってるけど)朱塗りの垣根を輝かしていた。」
 

 

 

f:id:sasurai1:20200810193510j:plain

  「朝、塩竈の明神に詣づ、国守再興せられて、宮柱ふとしく、
  彩瑑(さいてん)きらびやかに、石の階(きざはし)九仞(きゅ
  うじん)に重なり、朝日朱の玉垣をかかやかす。」
  ※引用は全て『おくのほそ道』より

 

 

f:id:sasurai1:20200810192054j:plain

朱漆塗銅板葺入母屋造の拝殿。手前には文治神灯が見える

 

  現社殿は元禄期のもので元禄8年(1695)から9年の歳月をかけ
  宝永元年(1704)竣工とのことです。

  ※塩竈神社は本殿は素木なのに対して拝殿は総漆塗りです。拝殿
   の朱の色には魔除けの意味があるようです。
   江戸時代、塩竈神社には法連寺という神社を守る寺があり、僧侶
   が朱塗りの拝殿で読経を、神職が本殿で祝詞を奏し、僧侶の立入
   れる場所と神職の奉仕する場所とを区分するために分けた、とい
   うことです。

 

 

f:id:sasurai1:20200810192147j:plain

和泉三郎の宝灯

  和泉三郎とは
  藤原秀衡の三男忠衡で、灯籠寄進の二年後、一族ことごとく父の遺命に
  叛いた兄泰衡の襲撃を受け、義経とともに戦死した。灯籠は今に残る。
    寄進された当時の灯籠は、笠の部分が現在の物と違っていたことが分っ
  ている。


 

f:id:sasurai1:20200810192203j:plain

太陽と月の意匠に趣きがある

  「前に古き宝灯あり。鉄の扉の面に“文治三年和泉三郎寄進”とあり。
  五百年来の俤、今目の前に浮びて、そぞろに珍し。」

 

 

参 考

f:id:sasurai1:20200813214229j:plain

雪見燈籠・豊臣秀頼が奉納(京都大原寂光院




f:id:sasurai1:20200810193410j:plain

狛 犬

   とても時代のありそうな狛犬で、顔の造作は独特な感じがした。

  明日のこともある、そろそろホテルへ戻るとしよう。帰りは裏参道を通って。

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810192244j:plain

東神門(裏参道

  門をくぐると左手に絵馬堂と舞殿がある。

 

 

f:id:sasurai1:20200810192305j:plain

裏参道

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810192320j:plain

裏参道鳥居

  裏参道のほうが表参道より古い感じがあり、長い参道は趣がある。

 

 

f:id:sasurai1:20200810192409j:plain

千賀の浦(塩釜湾を裏参道より望む)

  写真左端に籬が島があり、その奥に松島湾がある。

 

 

f:id:sasurai1:20200810192426j:plain

裏参道がつづく

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810192457j:plain

裏参道入口に建つ碑

  この辺りに芭蕉一行が泊まった。法連寺(明治四年廃寺)門前の治兵衛の家
  はこの辺にあったのだろう。あたりは暗くなってきていたが、「目盲法師の
  琵琶を鳴らす奥浄瑠璃を語る」声や入相の鐘の音は聞こえてはこなかった。

 

 

f:id:sasurai1:20200810192515j:plain

  「竈の浦に入相の鐘を聞く。五月雨の空いささか晴れて、夕月夜幽かに、
  籬が島もほど近し。蜑(あま)の小舟漕ぎ連れて、肴分かつ声々に“つなで
  かなしも”と詠みけん心も知られて、いとどあはれなり。その夜、目盲法師
  の、琵琶を鳴らして、奥浄瑠璃といふものを語る。 平家にもあらず、舞ひ
  にもあらず、ひなびたる調子うち上げて、枕近うかしましけれど、 さすが
  に辺土の遺風忘れざるものから、殊勝におぼえらる。」


  塩竈神社に参拝し、「文治神灯」を見ることが塩竈に立寄った目的の一つ
  だった。梅雨のさなかでもあり、雨が降っていたので足元は悪かったが、
  とてもよい雰囲気だった。夕方だったので鹽竈神社博物館はすでに閉館し
  ていて、拝観できなかったのが心残り。
  東北の人間でも、松島へは寄っても塩竈は通り過ぎてしまう。一度は立寄
  って、塩竈神社や一部残っている古い町屋を見ることをお薦めしたい。

 

 

f:id:sasurai1:20200810192548j:plain

御釜神社

  塩釜神社末社裏参道を出てすぐの所に鎮座する。塩釜神社別宮と同じ
  祭神である塩土老翁神(しおつちおじかみ)を祀っている。

 

 

f:id:sasurai1:20200810192640j:plain

神釜奉置所

  扉の向うには塩釜の名の由来となった四口の神釜が安置されている。
  参拝したければ初穂料を納めれば拝観できる。芭蕉翁もここを訪れ
  ているので神釜を見ているかもしれない。

 

 

f:id:sasurai1:20200810192659j:plain

塩焼釜
  7月4日から6日に渡り古代の製塩法を今に伝える「藻塩焼神事」が行われる。
 

 

 

 

f:id:sasurai1:20200810192604j:plain

御釜神社本殿

 

  いよいよ明日は、日本三景の一つ、待ちに待った松島である。