秋田 角館に武家屋敷を訪ねる ― 石黒家


盛岡より秋田新幹線に乗り
角館に到着する。重いリュック
は駅のコインローッカーに
預け、サブザック に必要な物だ
け移し替えた。武家屋敷の残る角館は、
長年訪ねようとし
てかなわずにいた所である。まずは武家
屋敷通りに向う。



正面の建物が角館駅である。




武家屋敷通りへ向って少しの距離を歩くと商店街がある。それっぽい
造りの土産物店が並んでいる。



武家屋敷通り

赤いポストが風景に妙にハマっている。枝垂れ桜の咲く季節
には、さぞ美しい通りになることだろう。





白壁の土蔵(青柳家武器蔵)も独特な外観をしている。屋根を
支える支柱の多さから、豪雪がうかがい知れる。



武家屋敷の門は簡素で、商家のような贅をつくした造りは見ら
れない。伊勢神宮の意匠(精神)に通じるような気がする。

 



















 

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石黒家の門構え。庭木の太さ(樹齢100年~300年)が歴史を
物語っている。



石黒家薬医門




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二百年以上前の門という

石黒家は佐竹北家の用人を勤めた家柄。内部は一般公開され
ている。武家住宅の簡素な造りと精神を学ぶには、生きた教
材ともいえる(今でも住宅として使用されている)。



門をくぐるとこんな感じ。正面に大きな表玄関があり、藩主など
偉い方々が入るところで、家人は右端のこじんまりとした脇玄関
より出入りしていたようだ。

 

奥座敷











庭の向うには大通りがある。



母屋は、角館に現存するうち、最古と言われている。

 







主人の間のように思える。

 









家族が集まる居間として使用されていたのだろうか。鴨居の上にある松飾は
火除けのようだ。人家の密集している角館は火災が多かったという。




石黒家は唯一直系の子孫のご家族が住まわれているので、公開
エリアは半分ほどとか。それでも上級武士の住まいの雰囲気が
感じ取れるのが嬉しい。



常設展示コーナー

こちらの部屋が蔵へ立入ることが出来るコーナー。 石黒家
に代々遺されてきた武具甲冑類・古文書(解体新書関連資料
を含む)・雪国の生活道具などが常設展示されている。



藁で作ってある踏み俵(雪を踏みつけ、道をつける)がなつかしい。















杉田玄白「解体新書」は角館上級武士の家ではよく見られる。
石黒家からは、医師や学者も輩出しているという。








元禄時代ころより俳諧は上級武士の間でも流行していたようだ。
芭蕉が「おくのほそ道」の旅で泊まった家には、意外と上級武
士の家が多い(十日ほど家老格の家に泊り、句会を開いたこと
もある)。
当時、俳諧や和歌に通じていることは身を助けたのである。
芭蕉俳諧宗匠としての名は、江戸、名古屋、近畿のみならず
陸奥まで知られており、各地に門人がいた。










展示室より庭を望む。



表玄関脇にある、庭へ立ち入る瀟洒な門。

 



石黒家の住宅は、嘉永6年(1853年)に現在地に移転したという。

 




旧石黒家(分家)。簡素な建物の意匠が素敵だ。
昭和十年の建造という。




武家屋敷通りは、黒い板塀で囲まれている。




石黒家の前から通りを南に望む。春の観光シーズンには大変な
人出のようだ。雪の降る季節にも訪れてみたい。
次は青柳家に向う。


 

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