京の写真家として、一向に芽の出ない竹斎。道を尋ねゆくほどに鳥居本に出でる。ここはいたって賑やかにて、見世物小屋、大道芸人、読売り、講釈師などありて、そして葭簀(よしず)張りの水茶屋あり。
愛宕神社へかかる道 一の鳥居前にいたり、志んこ団子、田楽を売る茶屋二軒あり。赤前垂れの女、軒に出て…
【女】「あなた お休みかいな。志んこ団子あがらんかいな。田楽あがらんかいな。
茶あがってお出んかいな。」
【竹斎】「もしもし、わしら愛宕さまへ参詣して帰りに、おめえの所で休みやしょうから、この でけえ三脚をここに置いてくんなせい。」
【茶屋】「はいはい、お預かり申しましょわいな。お早ういてお出なされ。」
【竹斎】「ほなら、おたのみ申しやす。」
と、竹斎 大きな三脚を茶屋の入口に立てかけて置き、ゆき過ぎて…
【竹斎】「やれやれ重荷おろしたわい。写真機だけでも重たいのに。どうだニラミ之介、お前も三脚を担がずともよくなったなあ。」と、お供のニラミ之介に声をかける。
清滝から愛宕神社への参道、面白きこと数々あれど、作者の都合により省きます(^^)
愛宕神社は全国約900社にのぼる愛宕神社の総本社で、標高924メートルの愛宕山の山頂に鎮座する。祭神はイザナミノミコトなど…。防火、火除け、厄除け、家内安全などの信仰があり、都でのおくどさんの周りには必ず火除けのお札が貼られている。
愛宕山周辺は良質の砥石が出るので有名。大昔はこの辺りは海の底にあり、沈殿物が堆積して現在の砥石になったようです。
わたしも仕上げ砥石を持っているけど、これで仕上げると、包丁の切れ味が素晴らしいですワ。
愛宕さん参りを済ませた竹斎とニラミ之介、二人は空腹となりたるに、先ほどの茶屋に入れば、女ども出向いて…
【女】「よう お出たわいな。ついと奥へお出なされ。」
【竹斎】「なんぞ うめえ物があるかね。飯も食いたし、酒も飲みたし。まあ、ちょびとしたもので、一杯早く頼みやすぞ。」
と、奥の縁先に腰をかけると、女は銚子と杯をもち出る。肴は干し鮎の煮びたしなり。
【竹斎】「さっそく是はありがてエ。女中ひとつ 酒を注いでくれんか。…おっとこぼれるこぼれる、もったいねエ。」
【女】「お肴あぎよわいな。こりゃわたしが心のたけじゃぞえ。」
【竹斎】「ハア? この鮎が おめえの心意気とはどうだ。」
【女】「わたしはナ、おまいさんが、川鮎(かわいい)というこっちゃわいな。」
【竹斎】「こりゃ ありがてエ、そんならおめえにあげやしょう。どれ、わっちも心意気の川鮎あげやしょう。」
【女】「オホホホホ この生姜がなんとして、おまいさんの心じゃえ。」
【竹斎】「わしゃ はじかみイ(恥ずかしい)。」
【ニラミ之介】「ハハハハハ こじつけるもんだナ。ときに女中、田楽で飯を早くくんなせい。」
【女】「はいはい ただ今。」
と、やがて女 田楽と飯を持ち来る。二人は食事しながら見れば、衝立のあなたに、さも むさくろしき出家二人。麻の衣の汚れたるを着て、これも田楽にて飯を食いながら、一人の僧の云うを聞けば……
ハイ 、長くなりそうなので今回はここまで。
【参考図書】
・『東海道中膝栗毛』…十返舎一九著
意訳・編集は竹斎(筆者) 適宜ひらかなを漢字に変換しています。