『東海道中膝栗毛』ー お伊勢参りのあと京の伏見にやってきた弥次郎・北八 くらわんか船で大坂へ向うが…の巻




弥二さん喜多さんの銅像三条大橋西詰)






「道中膝栗毛」洛中偏

東(あずま)の都、神田八丁堀に住む弥次郎兵衛、北八という二人連れのなまけもの、

伊勢神宮を参拝したのち、大和路をまわり、青丹(あおに)よし奈良街道を経て、

山城の宇治にかかり、ここより都におもむかんと急ぐ。やがて伏見の京橋に着いたが、

日も西にかたむき、往来にはあまたの人があふれ、下り船の三十石船の人を集める船

頭の声がうるさく響く。


伏見港 - 京橋にて

【船頭】 「さあさあ今出る船じゃ。乗らんせんか、大坂は天満へゆく船じゃ。乗てか

んせんかい、乗てかんせんかい」


【弥次】 「ハハアこれがかの淀川の夜船だな。なんと北八、京から先に見物するつも

りだったが、いっそのこと この船に乗って大坂から先にやらかそか?」


【北八】 「おお それもよかろう。もし船頭さん、乗合もありやすか?」


【船頭】 「あるでぇ 天満までなら一人72文や。乗るなら はよう乗らんせ。じきに

船出すさかいに。あっコレコレ草鞋のひも解いて乗らんせ、あんたエライあほうやな

あ」 


【北八】「 エエ何をぬかしやがる、言葉に気イ付けやがれ」


[ 御めんなせい、御めんなせいと言いながら弥次北二人は艫(とも-船尾)の間に割り

込んで坐る]


【船頭】 「さあさあ皆エイかいな、頭を下げてくだんせ、莚で屋根をふくさかいな。

夜露でからだが濡れるさかいに」


[そのうち船頭も船に苫をふき終え、棹を出して船は港を出る。船頭歌を歌い出す]


【船頭】 「♪船は追風(おいて)に帆かけてはしる われはこがれて身をあせる ソウレ

ソレソレソレ。…なんぞいこりゃエロウ空が悪なったな。雨が降ろかしらんわい?」


【乗合の人】 「船頭さん、夕べは中書島で女郎買うたろ? 精進が悪いさかい、こりゃ

雨じゃあろぞいの、アハハハハハ」









[そうこうしているうちに船は宇治川-巨椋池を抜け淀川に入る。舟ははや、枚方あたり

を下っていると見え、酒、飯、煮物、餅などを商う "くらわんか船" が近づいてきた]



枚方名物 "くらわんか船" とのやりとり

【くらわんか船のあきんど】「飯はくらわんかい、酒飲まんかい。サアサア皆起きくさ

れ、よう寝るやつらじゃな」


[乗合の船につけて、遠慮なく苫を引きひろげ喚く商人。このくらわんか船は物言いが

ガサツなのを名物にしている。売り言葉に買い言葉は人の知るところ]


【乗合船の客】「コリャ飯もってこい、いい酒があるかい」


【北八】「いかさま腹が減った、ここへも飯をたのみます」


【くらわんか船の商人】「ワレも飯食うか、それ食らえ。そっちゃの奴はどうじゃいや

い。ひもじそうな面してけつかるが、銭ないかい」


【弥次】「イヤこのべらぼうめェ、何をふざきやァがる」


【乗合船の客】「この汁は飲めんわ、ねから ぬるうていかんわい。この芋もゴボウも腐

ってけつかる」


【くらわんか船の商人】「汁がぬるかァ水でも入れて食らいおれ。芋も牛蒡も腐ってる

はずじゃ、いい所はみな、うちで焚いて食てしもうたわい」


【乗合船の客-長崎の人】「何ぬかすぞい、イヤこやつ不当な奴よヲ。いかなちうつる

ばってん(どうしたものか)、そのぬかしようばい」


【乗合船の客-越後の人】「づくにうにやしてやつくれべいか(こしゃくな打擲したろ

うか)」


【くらわんか船の商人】「ちょこざいぬかさずと、はよう銭おこせやい。コレそこな親

父、銭どうじゃい」


【乗合船の客】「このがんどう(ぬすっと)めらは、たった今とりくさって、コリャ早

ういねやい(去れ)。さだめしおどれがげんさい(女房)は、昼は物乞いして生米喰ら

うさかい、今ごろはぶつぶつと腹ふくらして、白い泡吹いていよぞい


【くらわんか船の商人】「ヲ、われがうちは、大かた四条の蒲鉾じやあろ(四条河原の

乞食小屋の意)。雨が降りそうじゃ。水の出んさき、早ようにいくされ」


【弥次】「イヤこいつらァ、言わせておきやァ、とほうもねえやつらだ。横っ面ァはり

とばすぞ」


【乗合船の客】「コレコレおまい、腹たてさんすな。アリャここの商い舟は、あないに

物を、ぞんざいに言うのが名物じゃわいの」


【弥次】「それだとって あんまりな」


【くらわんか船の商人】「ワアィあほうよ あほうよ」・・・トくらわんか船は漕ぎだし

てゆく


【弥次】「コリャ待ちやがれ、あほうたァ誰がこった」



[かくて船は、枚方を過ぎたころ、雨催いの空、にわかに暗くなり雨が降り出した。見る

見る間に大雨となり、苫も役に立たず、着物を濡らす。乗合船は上を下へと大騒ぎ。大

雨と強風にたたられ木の葉のように淀川の大波に翻弄される船は舵も自由にならず、や

がて船は激流の渦に吞み込まれるのだった。はたして弥次さん北さんの運命や如何に]



【弥次さん北さん】「助けてくれー、おりゃー泳げねえんだよー、アアッ苦しい、目が

回るー」





※つづきます



【参考文献】
東海道中膝栗毛十返舎一九著・「日本古典文学全集」ー小学館刊・校注-中村幸彦
  意訳:筆者


【筆者より】

東海道中膝栗毛』を読んだことがなくても "弥次さん北さん" の名前を知らないもの

はほとんどいないであろう。かく言うわたしも最近ひょんなことから「読んでみようか」

と思い立ち、そして読みはじめたところなのである。現代語訳を読もうと考えていたの

だけれど、手に入った本は当時の文のままの本だった。でも読むのにはそれほど難しく

はない。注釈を参考にすれば何とかなる。注釈なんぞほっておいてもいい。


読んで見て感じたことは、200年前の江戸後期(文化)ころの江戸弁、大阪弁、京都弁

をはじめ各地の方言が学べること(だからどうだって)。そして肝心なことは、風俗も

学べるし。この本は当時のベストセラーだったみたいだし、大名から庶民(識字率が高

まっていた時代)までこぞって読んでいたみたいなのだ。こんな内容の本は世界でこれ

だけ(!)なんだとか。

南総里見八犬伝』や『水滸伝』もいいけど、どこか魅力があるね『東海道中膝栗毛』。

ただし下品な内容が随所に出て来るので、子どもや恋人といっしょには読めないなあ。

 



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