京の大仏殿の柱の穴くぐりの大きさは、大仏の鼻の穴とおんなじ?
[ 奈良の東大寺大仏にならい、豊臣秀吉公が造営した方広寺大仏殿、本尊は廬舎那仏(るしゃなぶつ)の坐像身の丈六丈三尺、堂は西向きにして東西二十七間、南北は四十五間あり。弥次郎北八ここに法施(ほっせ)し奉りて… ]
【弥次】「なんと話に聞いたよりか、ごうてきなもんじゃァねえか。こうしてござる手のひらへ、畳が八畳しかるげな。」
【北八】「タヌキの金○と同じことだな。」
【弥次】「もってえねえことを言う。そしてあの鼻の穴からは、人が傘をさして出らるると…。」
【北八】「そりゃアまだしも、人がさして出るからいいが、俺らが方のぼうだら(酔った)北八が鼻の穴からは、瘡がひとりでに吹き出したわ(梅毒が鼻に出た)。」
【弥次】「ばかぁ言うな。…大仏様の後ろにまわってみよう。おや、背中に窓があいてらァ。」
【北八】「あれは大方汐を噴くところだろう。」
【弥次】「なにイ 鯨じゃぁあるめえし。」
【北八】「おやおや、アレみんなが柱の穴をくぐっていらア。」
【弥次】「ホン二こいつは奇妙奇妙。」
[ と、この御堂の柱のもとには、丁度人のくぐるだけ、切抜きし穴あり。何でも鬼門避けとか、無病息災の意味があるようだ。田舎どうじゃ(参拝者)ども 戯れに、これをくぐりぬける。北八も同じくくぐり ] ※うまくくぐり抜けるには、身体を横にして片腕を先にいれ、出口の穴のへりに手をかけ、引っ張る感じだそうです。腹ばいでは難しいとか。無理をすると弥次さんの二の舞に!
【北八】「コリヤおもしれえ。しかしオイラはくぐられるが、弥次さんは太ってるから、抜けられめえ。」
【弥次】「俺だとって、なにこれが…」
[ と、北八をひきのけ、四つん這いになって、柱の穴へ体半分ほど入りかけて、いっこうに抜けられず。あとへ戻ろうとするに、脇差のツバが横腹につかえて傷みこらえられず、弥次郎顔を真っ赤にし… ]
【弥次】「アイタタタタ。コリャひょんなことをした。」
【北八】「おやどうした? 抜けられねえか。」
【弥次】「これ手を引っ張てくりや。」
【北八】「ハハハハハ こいつはおかしい。」
[ と、弥次郎が両手を引っ張る ]
【弥次】「アイタタタタ…」
【北八】「弱ェ男だ。ちっと辛抱すればいい。」
【弥次】「後ろのほうから足を引いてくれろ。」
【北八】「承知しょうち。」
[ と、後ろへまわり、両の足をつかみ ]
【北八】「やあ エンサアエンサア。」
【北八】「ちっとコラえなせえ。やあ エンサアエンサア。」
【弥次】「ああっ待ってくれ待ってくれ。腰骨が折れるようだ。コリャやっぱり前のほうから引っ張ってくれ。」
[ と、言うので北八また前へまわり、両手を掴んで弥次さんの身体を引く ]
【北八】「やあ エンサアエンサア。それ又こっちへよっぽど出てきた。」
【弥次】「こりゃ堪らん、アイタタタ。北八これではいかぬ。初手のように、又後ろへ引き戻してくれ。」
【北八】「エエッ、いろいろなことを言う!」
[ と、また後ろから足をつかみ ]
【北八】「やあ エンサアエンサア。
【弥次】「待て待て待て。こりゃどうでも、前の方から引いてもらおう。」
【北八】「エエイ! そんなに前へまわったり、後ろへまわったり、引き出しては引き戻し、いつまでもはてしがねえ。…コリャいいさんだんがある。」
[ 北八名案が浮かんだのか、そばで見ていた参詣の人に頼み ]
【北八】「もしどうぞ、こっちからおめえ引っ張って下さいませ。わしがあっちへ廻って、足を引きずり出しますから。」
【弥次】「ばかア言うな! 両方から引っ張っては出る瀬がねえべっ(と突然福島弁がとびだす)。」
【北八】「出る瀬がねくても、両方から引っ張ると、前へまわったり、後ろへまわったりする、世話がなくていいわな。」
【参詣のひと】「いや両方からあんさんの体を引きのばしたら、つい出られそうなもんじゃあろぞい。」
【北八】「コリャいいことがある。酢を一升買って来て、弥次さんおめえに呑ませよう。」
【弥次】「なぜ? 酢を呑むとどうなる。」
【参詣のひと】「ハハハハハ そないなこと言うたて、今に間に合うこっちゃないさかい、こうさんせ。どこぞへ行て鎚借つてきさんして、頭(つむり)を後のほうへ打ちこまんしたがよいわいの。」
【北八】「なるほど、こいつがはやい理屈だ。しかしそれでは命があるめえ。」
【参詣のひと】「されば、そこはどうも請合(うけやわ)れんわいの。」
[ と、このうち田舎どうじゃ一人 ]
【参詣のひと】「コリャはあ気の毒なこんだア、わしの考えを言って見ますべいか。」
【北八】「どうぞ、あの人の助かることがあるなら、言って聞かしてくんなせ。」
【参詣のひと】「ハアそれだアからのこんだアよ。あんでもあのふと(人)の ※足の先
さを切割らっせえて、山椒粒でふさいだならふとり(ひとり)でにつんぬけべいのし。」※蛇が人の陰門に入った時の処置らしい。
【北八】「ハハハハハ そりゃ蛇が女に見こんだ時のことだろう。どうせ、そんなことだろうと思った。」
【参詣のひと】「コリャわしが知恵かそわいの。何じゃろうと、あのさんの体を、やわらかにして引き出すがよかろさかい、こうさんせ。※土砂とて来てかけさんせいの。すんだら土砂のウぶっかけずと、一番の桶さア買ってきなさろ。手足をちとべしおん曲げたら、入るべいしの。」
※土砂加持というものを屍に掛けると体が柔らかくなるという伝えがある。一番とは棺桶の規格。
【弥次】「エエいめいましいことを言う。むだ所(冗談)じゃアねえ。北八早くどうぞしてくれぬか。」
【北八】「待ちなよ。ハハアおめえ脇差の鍔が横っ腹へ、こだわって(つかえて)痛ェののだ。」
[ と、手をさし入れてひねくりまわし、ようよう脇差を抜いてとる ]
【弥次】「いかさま、これでどうかくつろぎがあるようだ。」
【北八】「どれどれイヤときにどなたぞ、前の方から押し出して下さいませ。わしが足をもって、こっちへ引き出しますから。ヤア エンサアエンサア。」
【参詣のひと】「それ出るわいの。まちっとじゃ、いけまんせ(いきんで)。」
【弥次】「アアッ うううううう。」
【北八】「ハハハハハ 出るやつがいけむから大笑いだ。」
【弥次】「アアッ 痛ェ痛ェ。」
【北八】「しめたぞ。エンヤア エンヤア。そりゃ出たぞ出たぞ。」
[ と、ようようのことにて引き出せば、弥次郎大汗を拭きふき、ほっと溜息をつきながら ]
【弥次】「やれやれ有りがてェ。こりゃどなたも御苦労でございやした。わっちやァ伊勢の泊で、産をしやしたが、、産むよりか生まれる身は、よっぽどせつねえ。これ着物がすり切れて、あばら骨がいまにピリピリする。」
ここで一句
傘さして出るお鼻より柱なるあなおそろしや身をすぼめても
かくよき興じて、大笑いとなり、それより境内をめぐり、蓮華王院の三十三間堂にて
いや高き五重塔にくらべ見ん三十三間堂の長さを
※方広寺境内(当時は広い境内だった)の南西には、七条通りをはさんで三十三間堂がある。
※大仏殿跡は豊国神社の東にあり、「大仏殿緑地公園」として開放されている。ちなみに大仏は五度被災し、現在は方広寺本堂に蓮弁の一部が残されているようだ。
【参考図書】
『東海道中膝栗毛』十返舎一九著・「日本古典文学全集」ー小学館刊・校注-中村幸彦
意訳・改編(ほんの少し):筆者-竹斎