永井荷風にもあった切ない青春の一ページと…悲惨な最期

 



鳴しきる虫の聲あまりに急なれば、
  何とて鳴くや
  庭のこうろぎ夜もすがら、
  雨ふりそへば猶更に
  あかつきかけて鳴きしきる。
  何とて鳴くや
  こうろぎと問へど答へず、
  夜のみならで、
  秋ふけゆけば昼も鳴く。
  庭のみならで臺どころ、
  湯どのすみにも来ては鳴く。





  思い出しぬ。 わかき時、
  われに寄り添ひ
  わが恋人はただ泣きぬ。
  慰め問へば猶さらに
  むせびむせびて唯泣きぬ。
   「何とて鳴くや
      庭のこうろぎ。
    何とて泣くや
      わが恋びと。」
  たちまちにして秋は盡きけり。
  冬は行きけり。月日は去りぬ。
  かくの如くにして青春は去りぬ。
  とこしなへに去りぬ。
   「何とて鳴くや
      庭のこうろぎ。
    何とて泣くや
      わが恋びと。」
  われは今ただひとり泣く。
  こうろぎは死し
  木がらしは絶ゑ
  ともし火は消えたり。
  冬の夜すがら
  われは唯泣く一人泣く。



荷風といえば「日記」から推測するに、小説の材料を求めて夜な夜な玉の井や浅草を徘徊している姿が見える。そして手には愛用のローライフレックスを携えていた。いったいどんなものを撮影していたのだろうか、興味はあるが、イメージが壊れるので見ない方がいいかもしれない(見たくても自宅と共に燃え尽きてしまったので見れないけどね)。

詞に書かれている恋人は、ワシントンの公園で出会った「浮れ女」イデスのことだろうか。『西遊日誌抄』にはたびたび出てくる名だけれど、途中でぷっつり音信が途絶える。飽きられたみたいなのだ?