源氏物語に見る病と怨念と(露伴翁座談)

 

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医療の道と源氏物語

奈良朝以前よりすでに医療の道ようやくに開けたるは言うまでも無く、

薬剤と技術とをもって人の疾病にむかいて対治の法を講じたりしは、そ

の跡いと明らかなり。されど医事の文学にあらわれたるは、なお少し。

 

降りて平安朝に至りても、歴史を読みて世を観れば、医療の道のいよい

よ行われたるを知るべけれども、文学をとおして時をうかがえば、厭勝

禁呪(えんしょうきんじゅ)の法のかえって盛んなるを見るべし。

 

源氏物語の中に籠れる当時の人の疾病に対する思想を考えるに、疾病は

すべて他人の怨恨、もしくは寄るところ無き鬼物の慿着、もしくは神仏

の冥利の呵責より来るものとなせるが如し。巫覡僧尼(ふげきそうに)

の徒の、病界における司権者の位地を占めたるも うべなりというべし。

 

蠱術を能くするものの左道によりて人を病弊せしむるを得、と信ぜられ

たるも、奈良朝の時のみ然るにあらず、ひいて徳川氏の代に至ってなお

その余威を有せり。されば我が国の古き物語には、精神療法の記事多く

して医薬療法の記事少なしというも、甚しき失当の言にはあらじ。

 

 

※『洗心録』より。写真は月華門、奥に見える建物は紫宸殿