桜咲く季節に今熊野観音寺と中宮定子眠る鳥戸野陵を訪ねてみた

春の陽気に誘われて久しぶりに京都東山今熊野あたりを散策してみた。この辺りには皇室の菩提所である御寺泉涌寺や西国三十三ヶ所観音霊場の第十五番札所・今熊野観音寺などがある。 鳥居橋 泉涌寺参道を左に折れると朱塗りの鳥居橋が見える。橋を渡ると今熊…

それでも花は咲く

アセビの花言葉は「犠牲」「献身」だという。 まさに花のかたちは「鎮魂の鐘」 ハクモクレン

ウグイスは なぜ梅の枝に止まる?

数日前から隣家の庭に鶯がやってきて鳴いている。たいてい朝のうちである。今朝はきれいな声でようやく “ケキョッ” から “ホーホケキョッ” と鳴くことができるようになった。いつの頃からか梅の枝(花)には鶯、というイメージが付いて回るようになった。け…

不思議なマイクロレンズで明治天皇生誕地の梅を撮る

ここに一本のレンズがある。一般にはマクロレンズというものであるが、ニコンではマイクロレンズと称している。生まれは40年以上前のもので、その頃に河原町三条にあった上田カメラで購入(中古で)したものだ。ショーウインドを眺めていたらこのレンズと目…

冬の晴れ間に ― 近況などを…

京都御所建礼門 ここ数日、寒波に見舞われている日本列島ですが、わたしの住む地方では風花が舞うくらいの雪しか降りませんでした。寒々とした冬空と春のような陽気が、繰り返す波のようです。 京都御所を正面に望む ただいま竹斎は巣ごもり中です。コロナ禍…

説教家になりそこねたカサノヴァとヴェネチアでの恋の教訓

はじめに世間では、カサノヴァはペテン師で女狂いと見られているようだ。確かにそうに違いないけれど、ただそれだけに終わってはいないところが、カサノヴァの面白いところなのだ。十八世紀ヨーロッパの一時期を席巻した「ロココ時代」に、ヴェネチア的享楽…

『カサノヴァ回想録』に見る女性遍歴と少年期のペテン師の片鱗

はじめにいったいカサノヴァとはどんな人間だったのだろう。そしてまた彼の『回想録』とは何だったのだろうか。『回想録』に書かれていることは、多少は美化して書いていることもあるだろう、と考えるのだけれど、後世のカサノヴァ研究者によると、そのほと…

カサノヴァの下宿生活とベッチーナ(初恋の娘)が天然痘にかかる話

はじめに今回は『カサノヴァ回想録』からの引用が多くなってしまった。わたしの拙い解説より、カサノヴァ本人の文章のほうがずっと面白いからそれは致し方ないこと。是非ともこの本を図書館か古書店で手に入れて読んでいただきたい(古書店では数千円で購入…

『カサノヴァ回想録』に彼の幼年時代と欧州の医療を見る

sasurai1.hatenablog.com カサノヴァって誰?「自己紹介」です^^ “ わたしには、自分の心に深く根をはっている、神の方針の当然の果実ともいえる素晴らしい教えの土台があったけれども、わたしは生涯、自分の官能の犠牲者だった。わたしは好んで道に迷い、た…

『カサノヴァ回想録』は『源氏物語』と似て非なるもの?

いつだったか、仕事帰りに堀川通を歩いていると西洋の若い女性に声をかけられた。たぶん英語で話しかけられたと思うのだが、なにを言っているのやらさっぱり分からなかった。すると女性は一枚のチラシを差し出し、ある位置を指さした。それには地図が印刷さ…

紅葉の光悦寺を訪ね、洛北・鷹峯芸術村に琳派を想う

お土居 ようやく鷹峯に取りついた。山側には豊臣秀吉が築かせたという「お土居」が残っている。お土居の向うにある山が鷹峯三山のようだ。このあたりは“ブラタモリ”でも紹介されていたので記憶のある方もいることだろう。当時の石積なのか、それが結構残って…

光悦ゆかりの本法寺(菩提寺)、清明神社、大徳寺、今宮神社などを訪ねてみた

本法寺仁王門 本法寺は本阿弥家の菩提寺本法寺は裏千家の西隣にある日蓮宗の本山である。 本法寺沿革には「外護者であった本阿弥光二・光悦親子の支援を受けて堂塔伽藍を整備し、本法寺は京都の町に一大栄華を誇るまでに及びました」と記されている。また本…

本阿弥光悦ゆかりの地 — 屋敷跡、楽焼宗家、千家、尾形光琳・乾山墓所などを訪ねてみた

光悦ゆかりの地めぐる を理由に健康管理?光悦とは縁もゆかりもない わたしが、どういう気まぐれからか、光悦に関係する所を巡ってみよう、と思い立ったのは実にコロナ禍のせいなのである。とある秋の日、新型コロナ感染を理由に家の中に閉じこもってばかり…

京都大原 寂光院道に残る田園を散策する

勝林院を後にし、次に向ったところは平家物語で有名な寂光院である。律川に沿って坂道を降り、田畑の残る田舎道を少し歩くと呂川の土産物店の前に出る。ここで “志ば久” さんのしば漬けを買うのが、わたしの長年の習わしになっているのだ。 呂川に沿った参道…

京都大原 里の駅から三千院 そして勝林院への道を歩く

ここの所、天候が良いので毎日のように遠出をしている。久しぶりに大原あたりを散策してくるわと連れに言うと、それなら私も行くという。「里の駅」で平飼いの鶏卵を買いたいのだという。そして一年振りに二人で出かけることになった。当然 わたしが、荷物担…

京都御苑に小さな秋を探す

北の国から初雪の便りが届く今日この頃、京都御苑ではようやく秋の気配がしてきた。十二月上旬までは紅葉を楽しめるのが京都御苑である。いま盛んに色づいているのは、桜紅葉とムクノキ、黄色やくすんだ赤 場所によって色が変化するケヤキ、それに黄色い葉が…

秋バラを楽しむ ― その魅力とは?

秋バラを楽しむって? アキバ原の間違いじゃないの?口の悪い友はそんなことを言う。アキバハラ(秋葉原)という呼び方は、今では死語になっているのかもしれない。春に咲くバラが好きだ。若々しくって元気があっていい。とりわけ青みがかった深みのあるピン…

コスモスのかたち

コスモスといえばピンクや赤、あるいは紫の色を思い浮かべる。夏から秋にかけて町中でも野中でも頻繁に見かけるので、特に目を引くわけでもなし、観察するわけでもない。 そんなコスモスを写真に撮ろうと思ったのは、植物園でふと道路わきの植込みに目をやる…

菊花の色いろ

観劇という言葉があることは知っているが、観菊という呼び方はあるのだろうか。そのどちらも とうに忘れかけていた。最後の観劇は仲代達矢の“どん底”だった。観菊をした最後の花見は、家族で行った“ひらパー”(ひらかたパーク)だった。子ども相手のショーな…

憧憬の地 ・尾瀬 ― 紅葉のブナ原生林と高層湿原を見る

尾瀬の原生林と西丸震哉 日本の地図を詳細に眺めると まだまだ未開の場所がある、そんな意味のことをどこかで“探検家”西丸震哉氏が書いていた。そんな場所の一つが会津地方、それも桧枝岐村のまた奥、尾瀬沼の北あたりに容易に人の近づけない森と沼があると…

奥上高地の紅葉 ― 涸沢・槍沢・徳沢・横尾に遊ぶ

“花と木と山が好き”とブログ名をつけているけど、ちっとも山の話が出て来ないではないか、看板倒れでは、とお叱りを受けそうな気配がする。なので次のシリーズまでの間、山のことを書いてみることにした。奥上高地という言葉のあることを最近知った。奥三河…

秋田 男鹿半島に潮瀬崎ジオサイトと独特の丸木舟を探る旅

朝早い時間に門前行きのバスに乗った。乗客は中国人らしき二人とわたしの三人だけである。SNSの人気スポット、秋田のウニ塩湖と呼ばれる鵜ノ崎海岸などを窓外に見る。潮瀬崎では、夏休みに入っているので、家族で海岸キャンプを楽しんでいる姿が目に入った。…

秋の一日 京都岡崎公園あたりを探索する

陽気の良いのに誘われて 、気分もよいし、久しぶりに岡崎公園、南禅寺あたりを散策してみようか、と思い立った。 比叡山上空の浮雲 平安神宮応天門 平安神宮内には、時計回りに南神苑、西神苑、 中神苑、東神苑と四か所の池泉がある。それぞれ季節の花(桜・…

京都 南禅寺に秋を探す

週明けの秋晴れの日、午後も遅い時間なら、紅葉の名所の一つである南禅寺であっても人出は少ないだろう、との読みで出かけてみた。まだ紅葉には早かったけれど、想像していたよりもモミジの葉は色づいていた。 南禅寺参道 久しぶりに歩く参道は以前とは大分…

秋田 男鹿半島にナマハゲ伝説の五社堂を訪ねた

赤神神社五社堂を訪ねる ― 「泣く子はいねぇが」 男鹿半島の南部に門前という漁港がある。この土地は、中世の頃には赤神山日積寺永禅院の門前町として栄えたところである。今、そこには赤神神社五社堂がある。鬼が一夜にして築き上げたという999段の石段と男…

秋田 角館に武家屋敷を訪ねる ― 青柳家

青柳家母屋は寄棟萱葺き屋根の造りで約二百年前の建築だという。現在青柳家はここには居住していないが、武具、古文書、什器などが展示されている。

秋田 角館に武家屋敷を訪ねる ― 石黒家

盛岡より秋田新幹線に乗り角館に到着する。重いリュックは駅のコインローッカーに預け、サブザック に必要な物だけ移し替えた。武家屋敷の残る角館は、長年訪ねようとしてかなわずにいた所である。まずは武家屋敷通りに向う。正面の建物が角館駅である。武家…

盛岡市にレトロな町並みを見る ― おくのほそ道をゆく

盛岡の街を歩く芭蕉一行は出羽の国へ向ったが、わたしは南部地方へ向って北上した。いったん芭蕉から離れ、わたしの「おくのほそ道」(角館・男鹿半島)をゆくとしよう。その前に、秋田県を巡る旅の中継地である盛岡での散策(二時間だけ)を楽しんだので、…

北アルプスの奥深く ― 黒部川源流域を探る旅

日本最後の秘境、北アルプス最深部、黒部川源流、雲上の楽園と聞けば、山好きな者なら誰しもが強い関心を持つであろう。あれはわたしがまだ体力も気力もそこそこにあった頃の話である。黒部「下ノ廊下」を攻略する前に黒部川源頭部を探索してみたいという願…

光源氏は “わらわやみ” だった?

・ 源氏物語に出てくる “わらわやみ” とは? 先日 ひさしぶりに『源氏物語』(当然、現代語訳)を読んでいたところ、 光の君の体調が思わしくない、という箇所に出会った。いったいどういう 症状かというと ① 食欲がない。 ② 熱が出て、解熱剤を飲めば一旦熱…